二歳

猫記(ヨブ記のイントネーションで)をさぼっているうちに、ヨシカゲが何時の間にか二歳になっていた。迂闊である。



ブリにピントを合わせるという大失態を犯す筆者


本ブログにて半年ごとに繰り返し説明している事項だが、ヨシカゲは2009年10月4日、近隣の公園より我が家に転居してきた。


迎えいれたはいいが、生来臆病な僕は
「拾ったはいいが、もしこの猫がエボラに感染していたら……」
「美人局のようなものであり竹内力みたいな人が殴り込んできたらどうしよう……」
「猫又の可能性も捨てきれない」
などと怯えきり、眠れない日々を送る羽目に陥っていた。


猫又だったらそれはそれで楽しいし、竹内力がやってきたとしても哀川翔をぶつければ中和されるのでそこまで危惧はしていなかったが、問題は病気だ。もし黒死病とか伊藤潤二作品でよく蔓延しているような奇病とかに罹患していたとしたら、僕のみならず新宿区壊滅の危機である。


賢明なる僕は猫を医師に診てもらうという妙計を発案し、神速で診察して頂いた。結果、特に病魔には犯されてはおらず、かろうじて新宿区の平和は守られたのであった。


カエサルのように一つの行動で二つ以上の成果を出す英傑なる僕は、ついでに医師に「自分は不勉強にて猫の年齢を見分ける術を持たないのだが、この猫は一体何歳か」と問うた。すると医師は「恐らく生後半年前後であろう」と大変無難な返答を寄こした。


帰路、キャリーバックに猫を無理やり押し込め、よかったーねー病気なかったねーはんとしだってねーながいきしようねー、などと厳格な表情を崩さず話かけていると、素晴らしい案が浮かんだ。すなわち、半年後を猫の一歳の誕生日とするのである。


直ちに猫に献策し、紆余曲折はあったもののなんとか了解を得、2010年4月4日を誕生日と制定した。その半年後、公約通り開催されたヨシカゲ一歳誕生記念会は、各界から名士・著名人が参列し、園遊会に匹敵する一大イベントとなったのは有名である。


あれから一年。


ヨシカゲはすっかり我が家にいつき、のうのうと過ごしていた。かつては洗濯物を干さんと窓を開けるや否や脱走を企てていたものだが、夜な夜な蝋燭を立て百物語風に外界の恐怖・脅威を説き続けたことが功を奏したのであろう。今や外には見向きもせず、グータラ安眠を貪る日々である。


自身の誕生日など知るよしもなく、いつも通り座布団の上で寝ていたヨシカゲは、その日、帰宅した僕の気配がいつもとは違うことを敏感に察知し、床に転がり右前足を左後ろ足に接着、残りの足をジタバタさせるという理解不能な姿勢で僕を出迎えた。平たくいうと、買い物袋から発するブリの匂いに興奮し、大変なことになっていた。

誕生日や転居日など、喜ばしい日にはブリとケーキで祝うことにしている。猫に記念日の概念が理解できるかと問われれば、難しいと答えざるを得ないが、「何やらいつもと違うぞ」となんとなく分かってもらえれば充分である。最低でも年二回、ブリ&ケーキは続けていく所存だ。



帽子の採寸を完全に間違えたせいで異常な状態に陥るヨシカゲ


焼いている途中のブリをなんとか喰らおうとガスコンロを執拗に狙うヨシカゲを機銃掃射などで追い払いつつ、お誕生会の準備をしめやかに進めていく。例によってケーキは二つ用意したが、諸般の事情により、二つとも僕が食べることになっている。勿論双方合意の上だ。非道・悪逆・家主という立場を笠に着た強権的行動、と思われる考えが浅い方もいらっしゃるかもしれない。だが“ケーキを二つ用意”とはどちらかというと食事というよりは儀礼的な意味合いが濃く、誕生会を成功させるための呪(まじない)に必要な触媒としての役割が本質であり、あなたの物質的観点からの批判は全く的外れなものでしかなく、僕には届かない。そもそも猫は砂糖を甘いとは感じないのである。生物は自分が最も美味しく感じ、かつ必要なものを甘く感じる傾向にあるらしい。猫は肉や魚といった、動物性タンパク質を含有するアミノ酸を甘く(=最も美味しく)感じるそうである。従って僕がケーキを全て独占したとしても何ら非難される筋合いはない。人間がケーキに付加している価値観は、猫からすれば失笑噴飯ものなのである。それどころか砂糖が歯に悪いことは猫も同様であるから、ケーキは猫にとって害悪でしかなく、その観点からいえば独占はむしろヨシカゲの身体を慮った善的行動と捉えて差し支えなく、僕のヨシカゲへの全肯定的な愛を表現している名エピソードなのである。つまりここは人間から猫への献身的な愛情にとめどなく涙を流すところであり、決して僕が我欲のためにケーキを二つ購入したなどと邪推するシーンでは無いのである。やや文が冗長になってしまったかもしれないが、間違ってもやましい気持ちを隠さんとしてこうなったのではなく、ヨシカゲを心配する気持ちが無尽蔵に溢れ出た結果、自然と筆が進んだだけなのである。くれぐれも誤解したり「あいつは猫にかこつけてケーキを一度に二個食し傲然とした態度を取るような外道だ」などと周囲に吹聴・拡散することはしないようくれぐれもお願いしたい。


そうこう必死に自己弁護に努めているうちに八丈の天然塩であっさりめに調味したブリが焼き上がり、ヨシカゲのテンションは開闢以来のものに達した。ケーキを用意し、荘厳なる誕生会を開始する。


見慣れぬ、だが異常に旨そうな物体を攻撃しつつ食するヨシカゲ。まったく僕は果報者である。これ以上、人生に求めるものがあるだろうか。僕は生きることに概ね満足している。ヨシカゲのおかげである。


そうしみじみ痛感していると、あろうことかヨシカゲがこの俺様のケーキに手を出そうとした。僕は、火の鳥に出てきた鬼瓦くらいの憤怒の表情で「てめえ殺すぞ!!」と声を荒らげたところ、すわDVか、と怯えた近隣住民に通報され大変なことになったりもしたが、ヨシカゲがビックリしたくらいで基本的につつがなく会は進行し、夜は更けていったのであった。次の記念日は10/4、転居二周年の会を予定している。