猫に生存を脅かされる


被害が甚大なんです。部屋の。


ヨシカゲは野良だったので、まぁ闘わなきゃならん場面もあったのだろう。攻撃性をたまに出す。結果、ティッシュ箱を破砕したり、冷蔵庫の上から炊飯器を落下せしめ恬然としたり、ヒストリエの四巻に異様なまでの攻撃をしかけたりと、やりたい放題であった。

特に僕の腕を前足で掴み固定したのちに噛み、最後に後ろ足で引っ掻きラッシュをかける大技『モーターサイクル』の威力は凄まじく、皇軍は壊滅寸前に追い込まれていた。前足で掴むことと噛むことは、甘引っ掻き、甘噛みなのでたいしたことは無いのだが、後ろ足の壮絶さは鬼神もこれを恐れるほどで、モーターサイクルが発動するたびに僕は土下座をしたり一万円札を差し出したりしながら許しを請う毎日だった。


だが僕も阿呆なのでヨシカゲの暴虐・暴政に対し、「おお、よしよし、なんでも買ってやるからね」などと祖父母が孫を甘やかすような態度で許し、接していた。さしずめDVを受け、「でも、あの人はこういう形でしか愛を表現できない人だから・・・僕が耐えてあげなくちゃ・・・」などとのたまう女性のような様相を呈していた。お陰で腕はずたずたになり、部屋は大変なことになっていた。


特に壁紙の被害は甚大であった。元々、ざらざらごつごつした材質のものが貼ってあり、これはヨシカゲにとって、引っ掻いて遊んだり、爪を磨いだりするのに最適なものであったらしく、廊下、玄関が世紀末の様相を呈している。


一部は既にぼろぼろであり、結構な部分に大規模な損傷が認められる。このままでは退出時に不動産会社に訴訟を起こされるのは確実であり、米国並の小学生が決めたような額の賠償金を請求され、僕の人生は壁紙の修繕費を払うためだけのものとなるのである。


このような事態を防ぐため、僕は賢いことに、ヨシカゲを拾った当初より対策を練っていた。ペットショップで『麻の爪研ぎ機』なるオーバーテクノロジーグッズを購入していたのだ。これを宅内に随意に設置することにより、愚かな猫はこの装置に耽溺し、集中し攻撃する。結果、壁紙・家具は守られるという、車輪以来の発明品である。僕は百万の味方を得た思いで、意気揚々とこれを置いた。


しかし壁に設置したそれは、どうしたことか、完全にシカトを決め込まれた。ヨシカゲは壁紙のごつごつを愛し、爪研ぎ機はすっかり無用の長物となり、現状の大惨事を招いている。万策尽きた僕は、夜ごとにさめざめと涙を流すばかりであった。


まあ壁なんて直せばいいことであるし、金なんてどうでもいいことなのだが、しつけはある程度しておかなくてはなるまい、と改めて考え、僕は再度、対策に乗り出すことにした。例えば「皿屋敷急死」の五文字が見事実現した場合、ヨシカゲは誰かに託されることになる。その約束を取り付けてある人物もいる。だがその際、最低限のしつけもされてないとなったら、先方に迷惑をかけてしまうことになる。それはまずいよね、墓を暴かれて死人に鞭打つという事態を招きかねないよね、ということで、「ならぬことはならぬ」と「それでもやるようなら人間は力づくで防ぐ」の二条を教え込むことにしたのだ。


まず、ホームセンターにて「壁の爪研ぎ防止シート」なる近未来兵器を購入し、該当部分に貼ることにした。帰宅し、実行したのだが、完璧に緻密な測量と計算の上に購入したにも関わらず、どうしたことか量が全然足りなかった。仕方ないので泣きながら段ボールや新聞紙を壁に貼る。外見は凄惨そのもだが、これで壁はひとまず防護された。


次に、ヨシカゲが好む高さを研究し、爪研ぎ機の位置を上げる。爪研ぎ機の設置位置が低かったのも、恐らく原因の一つなのだ。


適当な台が無かったので、ペットボトルと先々週くらいの銀魂が表紙のジャンプを合体させ土台とする。その上にガムテープでベタベタと、雑に、美意識の欠片も無い適当さで貼る。とても『ギャラリーフェイク』を最近全巻読破した人間の所行とは思えない汚さで貼る。結果、風呂場に面した壁は、競馬新聞と謎の改造を施された爪研ぎで埋まるという、なんとも情けない姿に成り果てた。まったくもって遺憾ではあるが、まあ仕方ない。




びりびりとガムテープで作業していると、衣服がけの方からばりばりと音が。ポルターガイストか、と怯えながら目をやると、ヨシカゲが我がパンツに爪を突き立て、何か大騒ぎしていた。面白いので撮影したが、どう見ても爪は布地に突き刺さっており、「わああ、だめだよー、だめー」と絶対に人前では出さないような声色で注意し、引きはがそうとしたところ、ヨシカゲはあえなく落下した。




なんやかんやと大騒ぎの結果、ようやく改装は終了した。いやあこれで我が家も百年安泰ですなあ、などと祝杯をあげながら真っ暗な部屋の片隅でブツブツ一人でさえずっていると、今度は玄関先からばりばりと音が。メフィラス星人か、と見ると、先ほど壁に貼ったガムテープをヨシカゲが剥がそうとしているところであった。僕は「あらあら、ヨシカゲは賢いねえ。一瞥でこれらの仕組みを見抜いたのねえ、本当に頭の良い子だねえ」とにやにやしながらベタ褒めし、放置、全ては元の木阿弥となったのであった。